それではいつもの通りに、宝くじが当たってしまったという妄想をしてまいりたいと思います。
宝くじがあたったのはずいぶん前のことに感じる。だが実際には数ヶ月程度前だ。私は仕事を辞めこうして街をぶらりぶらりと散歩するのが日課になっていた。
私が仕事を辞めたのは2017年末に発表された年末ジャンボ宝くじが当選したからにほかならない。
私はサラリーマンを辞めて、しばらく休むことにした。
それが可能なだけの金が手に入ったのだから。妻はそんな私に対して、あんまりのんびりするなと忠告した。私は笑ってそれを受け流した。なぜなら私は現金で数億円の金を保有している。超社会的強者である。働かずとも生きているこれ以上の贅沢はないのではないか。そう思う。
ある日久しぶりに小学生の娘と出かけた。娘はレンタルCDを借りたいらしい。私はぼんやりと最近の流行歌などを見て回っていた。娘はある女性アイドルグループのCDを2枚持ってきた。
私「え?それだけでいいの?」
娘「うん。これでいい。」
私「へぇ、〇KB48ねぇ。好きなの?」
娘「うん。特に✖✖ちゃんが好きなの。」
私「ならCD買ってあげよう。」
私は娘に〇KB48なる女性グループのCDアルバムを買ってあげた。娘は当然大喜びだ。私はそれで満足だった。駄菓子を買う程度の感覚だ。なぜなら私は億の金を持っているのだから!!
そんな事すら忘れたある日のこと娘が私の所にやってきてこういった。
娘「あのね、このCD買うとね。握手ができるんだって。」
私「握手?ああ、これが、、、。」
私は確かに握手会なるものが存在し、CDを買うとそのチケットがもらえて実際にアイドルと握手ができるらしい。私は娘が言いたいことがわかった。握手会に連れて行って欲しいのだろう。
私「握手会に行きたいの?」
娘「うん。✖✖ちゃんと握手したい。」
私「そうか、で、握手会はいつなの?」
娘「今週と来週の日曜日だって。東京だって。」
私「よし!じゃあ今週に行こう!!!✖✖ちゃんに会えるんだろ。」
娘「うん!!」
娘は心底嬉しそうに私を見上げた。私は思わず微笑んでしまった。が、私はすぐにいつもの硬い表情に顔を戻した。
その週の日曜日、私は娘と東京のど真ん中に来た。〇KB48の握手会があるそうだ。握手会というのはどうやらその時間に行き、好きなアイドルのブース前に並ぶ。そしてCDについていたチケットを見せると3秒間握手ができるらしい。すごい商売を考えたものだと今更ながら感心した。
娘の目的である✖✖というアイドルは可愛らしい女性だった。私はチケットがないため、握手会のブースには入らず、少し離れたところから眺めていた。驚いたことにこのアイドルのファン層はほとんど男だった。そんな中、娘は少し心細そうに✖✖と書かれたプレートの所に並んだ。
✖✖というアイドルは、それほど長い列ではなかった。どうやら順列的にはTOP20ぐらいのちょっとマニアックのファン層のアイドルらしい。娘はその女性の歌声が好きだそうだ。そして彼女のファンになったそうだ。
娘は✖✖の列の最後尾に並んだ。不安げにこちらを見ているが、私は遠くから手を振った。彼女は電車の中でどれだか✖✖が素晴らしいのかを私に説明していた。私はうたた寝しながら話を聞いていたが、よほど楽しみにしていたのだろう。娘はそれにも気づかず早く会いたいと繰り返していた。
少し私は後悔した。何故なら握手会は2時間 13時~15時までの時間だった。私たちが会場に着いたのは、14:30。残り30分だった。娘の順番については、結構ギリギリな状態だ。
私は娘を見た。時間は14:55、係員がそろそろ終わりだとアナウンスしている。娘は少しだけ不安そうだ。だが、普通に考えればまぁ、大丈夫。私はそう思った。
その瞬間、事件は起こった。
なんと娘の前に、やや小太りの男が割り込んだのだ!!係員に見つからないようにその男は娘の前に割り込み、素知らぬ顔をしている。
娘は少し驚いた顔をして、何か言いたげだったが下を向いてしまった。
私は思わず叫びそうになった。その男は娘の後ろに並ぶべきだったからだ!
時間は徐々に過ぎていくたったの3秒流れ作業のように、握手会は進んでいる。結構ギリギリだ。時計を見ると14:58もう2分しかない。
私は少し祈る気持ちでいた。娘は不安げにあたりをキョロキョロし始めた。そして例の男の番になった。
よかった。これで3秒経てば娘の番になる。だが様子が違う。男はずーっと握手をして✖✖の手を握りっぱなしだったのだ。なんと男は複数のチケットを持っていた。そして15時を告げるアナウンスが流れ。娘がアイドルと握手をすることはなかった。娘は泣きながら私のところに走ってきた。私は娘を抱きしめると怒りに震え男のところに向かった。
私「おい!あんた、娘の前に割り込んだろう!」
男「はぁ!?言いがかりはやめてくれない?笑」
私「おい!見てたぞ!お前長い時間やるんだったらなんで娘の前に割り込んだ!娘はたったの3秒だぞ!」
男「証拠でもあるんですかぁ!?困るなー困るなー!言いがかりー!笑」
私「なんだお前!ふざけているのか!?」
男「大体✖✖ちゃんは、俺の嫁なんだよ。ここはガキが来るところじゃない!俺たちファンが盛り上げてんだから空気読めよ!オジサン!!ガキ!!帰れよ!!笑」
私「き、きさまぁ!!」
ここで、私は思わず掴みかかろうとしたが係員に止められた。私は係員に説明したが係員たちも困惑するだけだった。
ふと娘を見ると怯えた目で事の成り行きを見守っていた。私は娘の頭を撫でてまた来ようなといった。
娘「大丈夫。✖✖ちゃんには会えなかったけど、寂しくなんてないよ。」と笑った。だがその目には涙が溜まっていた。
私は悔しさでいっぱいだった。
ふとその男が仲間らしき男たちと談笑していた。
男「おれ来週にかけてんだよね!来週俺の誕生日!!だから✖✖ちゃんのために、なんと100万分もCD買うんだぜ!!1枚3秒×1000円のCD1000枚 なんと50分間も✖✖ちゃんと一緒にいられる!!俺来週にかけてっからさー!」
ほかの男たちから「おおー!すげー!」という歓声が上がった。
私はその言葉を聞き漏らさなかった。
心の中でこうつぶやく「てめぇ、地獄に落としてやる。」
宝くじに当たった私には、全てを金で解決できるだけの余力があるのだ。
私は金に物を言わせて握手券のついたCDを片っ端から買い集めた。娘をコケにしたこのクズを地獄に落とすためなら、たかだか数百万など惜しくなかった。私は便利屋を雇いありったけのCDを購入させた。その数なんと2400枚。単純に1枚3秒×2400枚。つまり7200秒、60秒で割ると120分。かかった金額たったの240万円。痛くも痒くもない。
そう、握手会の時間は2時間。私は握手会の一枠まるごと買い切ったも同然だ。
私は一人翌週にまた握手会場に向かったのだ。
私は便利屋を雇い先頭に一人並ばせた。徹夜で並んだ便利屋は10名見事に先着1番から10番まで並ばせたのだ。そしてこう指示を出した。
✖✖の握手エリアにその男は現れる必ずそいつの前に並べと。
13時になり開場となった。多くの人びとが一斉に目的のアイドルのブースに我先に急ぐ。便利屋から連絡が入った。「対象者と思われる人物の前確保」とのこと。
私は思わずニヤリと笑った。
男は朝早く起きた。アイドルグループの✖✖に会えるのだ。ウキウキして仕方がない。目覚ましなしで午前5時に起きてしまった。この日のために100万円つぎ込んだ!今日は自分の誕生日でもあり、✖✖と50分も話ができる。人生最高の日だ!男は満たされた気持ちでいっぱいだった。
会場に着くと今日もまた多くの人が集まっている。50分も専有するとなるとそれなりに早く来る必要があった。30分だけでは20分無駄になる。男は50分全てを✖✖と過ごせることに喜びを感じていた。
入場が始まると男は小走りに✖✖のスペースに向かった。途中数名の男が覗き込むようにこちらを見たが、なんだったのだろうか?順番は100番ぐらいか。一人3秒入れ替えも含め一人にかかる時間は5秒ぐらい。つまり500秒後にはその後50分✖✖と一緒に過ごせる!!そう思うだけで涙さえ出てきそうだった。
男は今か今かと自分の握手時間を待っている。手に持った袋には1000枚分の握手チケットが入っている。
男「俺の100万円、✖✖ちゃんと俺の50分!」そうブツブツと呟いた。
顔は思わず綻んでいたのだろう。いよいよ自分の番が回ってくる直前だ。
ふと中年の男が自分の前に並んでいた男と話を始めた。
男はもし割り込むような真似をしたら許さないぞ!!と心の中で思っていた。✖✖との時間は完璧なものでなくてはならないのに、少しでも気分を害することは許せないのだ。
しかし中年の男は「ご苦労さん」というと、前の男と場所を変わったのだ。
男は思わず叫んだ。
男「おい!!割り込みだぞ!!ずるいぞ!!」
中年の男「あん?割り込みじゃねーぞ。入れ替わったんだ。てめーの順番は変わらねーぞ。」
男「なんだと、、、。っく、、。」
その瞬間中年の男の番が回ってきた。中年の男は右手の手提げ袋を入場の係員に渡すとこういった。
中年の男「2400枚分の握手券だ。ここのブースは俺で今日は終わりだな。」
そういってじろりと男を睨んだ。
男には見覚えがあった。・・・・先週の子供と一緒にいた父親だ、、、。
小太りの男は全てを悟った。この中年の男は自分の邪魔をする為だけに並んだのだ。そしてその大量のチケットで独占しようとしているのだ!
男は思わずその場に膝をついてこう叫んだ。「俺の誕生日だぞ、、俺の100万、、俺の50分、、、✖✖!!うわあああああああ!!!」泣き叫ぶように叫び声はこだました。
係員が男をその場から退去させるのには少々時間がかかったようだが、私は✖✖というアイドルの前に来た。2時間近い時間があるため、どうやらこの✖✖のブースは締め切られたようだ。アイドルの✖✖は確かに可愛らしい顔つきの小柄な女の子だった。
✖✖「あ、、あの、、、。」一連の騒動を見たのか明らかに戸惑っている。
私「ああ、ごめんなさい。お騒がせしちゃって。」そう言ってにっこり笑った。
✖✖「え、ああ、何かあったのかなと思っちゃいまして、、。」
私「まぁ、それはいいとして、実はあなたのファンは私じゃないんです。ごめんなさい。」
✖✖「???」
私「あなたのファンは、私の娘なんです。」そう言って私は娘の写真を見せた。
✖✖はニッコリと微笑むと、可愛い娘さんですねと私に言った。
私は✖✖に少しだけ娘と電話してくれないかと私の電話を差し出し頼んでみた。
✖✖はニッコリと微笑むと「自分の電話」を手に取って、「番号を教えてください」と言った。
✖✖は娘の子供用の携帯電話に電話を掛けてくれた。娘の驚きと興奮の入り混じった声が聞こえてきた。私は電話をかけるアイドルに深々と頭を下げると、握手ブースを出た。
警備スタッフの控え室前でうなだれる男を尻目に、言っただろう「地獄に落ちろって。」そう言うと思わず笑みがこぼれた。
ひとつ大きく伸びをすると会場を後にした。アイドルグッズの販売コーナーで✖✖のグッズをお土産に購入した。
爽やかな冬の空は、肌寒いが少し暖かく思えた。